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「 花戦さ」縁を繋ぐ、手毬結び

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成長と変化。


3月から4月にかけて、美しい花々が咲きます。それが春らしさのひとつ。それと合わせて春は別れや旅立ち、終わりの季節でもあり定番の決まり台詞ですが、出会いや始まりの季節でもあります。

ただこの春を「始まり」の季節と言い切れるひとの心理には特徴があるような気がします。

それは、「未来をしっかり見ている人にとって終わりは始まりでしかない」ということ。

優れたリーダーやみんながあっと驚く成長を遂げる人たちは、常に変化を求め、現状に満足しません。何かのプロジェクトが成功したとしても、その成功に自画自賛するのは一瞬だったりします。

常に次を見て「今度はこうしよう、ああしよう」作戦会議をしているのです。だから何かの幕を降ろす時、寂しさ以上にワクワクやときめきを感じているように見えます。できれば自分もそんな風に常に未来を見て、ワクワク生きていきたいなぁと思うのです。


 

ある人は私にこんな話をしてくれました。

「君はこの仕事をしてどのくらいになる?」-「今年で4年目です。」

「初めて会った時と比べて随分成長したね。本当に素敵な女性になって僕なんて恥ずかしくて目も合わせられないよ。」

その言葉に笑う私に「同じ場所にいて変わっていくのは成長なんだよ。ところが、別の場所に拠点を移して変わるのは変化というんだ。貴女はこの場所で十分成長した。成長変化は貴女が諦めない限り続くんだよ。」そんな話をしてくれました。

このやりとりがあったのは今年に入ってすぐ。この時はまだその意味を実感できていませんでした。ですが、最近ようやく理解できたように思います。

ずーっと同じ場所に留まっていることで生き方を確立できる人もいるけれど、私の場合どうも違う気がします。もっと新しい世界を見たい。それは別の場所に身を置きたいというのもあるけれど、それだけではありません。

いつもの通り道や街の景色は、成長を遂げた後では違う景色のように見えるんです。そうするとまた別の場所への興味もわいてくる。成長できると、次は変化が必要になるのかもしれません。

だとすると、1年後、5年後、10年後…未来の自分は一体どこにいて誰とどんな風に生きているか想像すると楽しみで仕方がない。

特に最近は変化の時期という気がします。まるで新しい土地にでも来たかのような新鮮な感覚。イヤホンから流れる音楽を少し大きめの音量にしBGMをかけながら歩いていると、なんだか自分だけ世界から浮遊しているような気持ちになる。映画の中にでも入り込んでいるかのように人生ストーリーの続きに思いを馳せてしまいます。

今日という日はもうほとんど過去です。明日から先を見てどんな未来を始めるか、この春はそんな想像をしませんか?

 

『秀吉ギャフン!』


【 花戦さ 】

 

配役も話の内容も結構渋い内容だなぁと思いつつ、何度も見返してしまった作品です。いつの世もクリエイティビティや夢追い人の考えは理解され難いものだけど、周りの評価や名誉ばかりに気を取られず、人の幸せや自分の心の平安のために続けているといつの日か花が咲くのだと思えました。

戦国時代の日本。京の中心・六角堂に、実在した池坊専好(いけのぼうせんこう)という花僧。出世も名誉も興味はなく、何よりも花を愛する“けったいな男”と呼ばれていました。

人々の幸せと世の安寧を祈って、花をいける日々を送っていたのですが、織田信長の亡き後、天下人となった秀吉の圧政が民や専好の友人たちを苦しめるのでした。

それに花の美しさで戦いを挑む、そんなクライマックスが見どころのひとつにもなっています。

権力の戦いを描きながら、同時に注目したいのが主役陣たちが表現する「色」です。時代劇というのは小難しい内容でもありますが、色をテーマにしていることで感じ取りやすかったように思います。

秀吉は金色こそ庶民には届かない富と栄誉、権力の象徴だと考えていましたが、それに抵抗するように黒色が好きだと“侘び寂び”を追求した千利休はその意思を貫いた故に自害に追い込まれてしまいます。

「金も好きやで。けど今は黒が好きやなぁ。」と話すその表情には闇を感じ、どんな扱いを受けようと魂だけは守ろうとしていたようにも思えます。それが彼の美学。映画の中とはいえ、その生き様にはなんとも言えない尊敬のような気持ちになりました。

それとは別の位置にいるのが池坊専好。自分の武器でもある花を愛していたからこそ花の幸せを祈って生けることでそれを見た人の心も明るく出来ていたのかもしれません。

「どの色もそれぞれの良さがある」そう言う彼の生花は、この時代にはない色のパワーがありました。それは、死と隣り合わせだった時代に生命力を訴えているように見えました。

自分の想いを貫くことが正に命がけだった時代と違い、今の世の中は自由な発言を許されているし、思考も生き方も全てを選択できる。この作品を見ていると、とても同じ国に生きているとは思えないほどです。ただ、実際には現代に生きていても不自由を感じている人が多いのも事実ですね。

自由になると他人の評価や体裁を気にしすぎてしまいます。これはもう、誰がなんと言おうと自分でどうにか乗り越えていくしかありません。いわば精神的戦国時代のようなこの時代、命の危険はないけれど、心が傷つく危険はもしかしたら現代の方があるかもしれない。

ですが、“けったい”と評価されるくらいでなければすぐに似たような作品に埋もれてしまいます。夢を追う途中で心が折れそうになった時には、映画「花戦さ」から先輩たちの生き様を見届けてみてください。

すべての色が私のラッキーカラー、そう思えたらもっと強くなれそうです!

cinemanma!


『武人たるもの茶と花を、人の心を大事にしろ。それこそが上に立つものの道。』

(織田信長の台詞より)

この作品は大切な言葉がとても多いけれど、私はこの台詞こそ最も大切だと思いました。

精神的戦国時代に夢を追う私たちは、現代の武人かもしれません。私たちはみんな自分のフィールドで自分なりのトップに登り詰めたい。そのために、というだけではありませんが心豊かに生きる上で必要な言葉です。

人の心を大事にする人は、人から自分の心を大事にしてもらえます。日々次の時代に向かっている中で、進化発達しているAIに勝てるとしたら「心」しかないのかもしれないとも思います。

馴れ合いではない、心と心のつながりこそが真の「縁」です。

過去を振り返ると良縁とは言えないつながりもありますが、その縁もあってこそ今がある。出来事や人との悪縁を美化して良い思い出にアップデートする必要なんてないけれど、ただその縁もあってこそ「今の自分」なのだと認めたい。

過去にやってきたことが今の自分を作るし、今の自分がやっていることが未来を作ります。結局、今をどう生きているかこれが物語っているということです。

そうして自分の中で浄化できた時、「成長」を感じられるのだと思います。成長するとまた新たな縁が結ばれる。だからやっぱり、立ち止まって過去ばかり振り返ってはいられませんね!

 

縁を繋ぐ、手毬結び


 

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先日、プライベートレストランのご依頼を頂きました。依頼内容は家族でお花見、テーマカラーはグリーン。観葉植物がデザインされた屋内施設でのパーティーでしたが、やっぱりお花見といえばお弁当スタイルだろうとその場で作った料理を全てお重箱に詰めて提供しました。

目指したのは池坊専好のように独創的で素材が喜んでいるような料理。主役にしたのはこれ。映画「花戦さ」から連想した手毬結び。手毬というと手毬寿司のほうが主流とも思うのですが、お弁当には「おむすび」が好きです。心を許している人と食を囲むことこそ「縁」が深まった証だと思うのです。

おむすびの語源は諸説ありますが、私が一番好きな説は平安時代に女性達が「良縁を結ぶ」=「御結び」と願いを込めて作ったことが由来しているというもの。逆におにぎりは男性言葉で「握り飯」。結ぶというよりも米を強く握ったものです。語源を考えてみても御結びのほうが、食べた時に優しくほろっと広がるようなイメージで、ほんの少し幸せになれそうな気がします。

今回は野菜を花に見立てて盛り付けをしました。味は三種。

−生姜と三つ葉の結び・香物の結び・人参とバジルの結び-

季節の素材や有り合わせでできるのも楽しいですよね。難しいことは考えず楽しんでやる、これが何においても鉄則です。

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自分のこと以上に大切に思える人は強い「縁」で結ばれています。そんな大切な人とは良縁に感謝しながら「御結び」を食べてみてくださいね。皆様にとってこの春が素晴らしい出来事の始まりになりますように…。

 

2018.04.11

Live, Love, Laugh…and Be “HAPPY”

Thank you
from Mineko Toyama

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